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津波

東日本大震災時 津波の被害

東日本大震災の津波は、震源地が仙台市の東方70㎞の沖であったため、津波の到達は地震の揺れから40分~1時間後でした。津波の到達まで比較的時間があったため、避難行動を迅速にとった地区や学校では人的被害を最小限に抑えることができました。

しかし、40分以上の時間があっても、すべての命を守り抜くには不十分な避難時間であったことを、多くの犠牲者、不明者が教えてくれています。

大きな揺れの後です。通信網も道路も寸断されています。
混乱の中、どういった避難行動をとるか…
命を守れるかどうか、の分かれ目です。

南海トラフ地震後の津波は?(想定)

東日本大震災に比べ、震源地が陸地に近いため、地震の揺れから短時間で津波が襲ってくると予想されています。静岡県沿岸部で5分前後、愛知県東部の沿岸部で5~10分後に津波の第1波が到達すると内閣府は発表しています。さらに津波は繰り返し何度も襲ってきます。第1波が最大とは限りません。次々と襲いくる津波から命を守るには…

大きな揺れの後、5分10分で何ができるでしょうか。冷静さを取り戻すのにも不十分な時間ではないでしょうか。東日本大震災後の津波到達時間は40分でした。記憶に新しい「スマトラ沖地震」後、タイへの津波到達は2時間30分後でした。スマトラ沖地震の時、津波発生時には2~3mほど海底が持ち上がり、ジェット機並みのスピード(約700km/h)で津波が押し寄せたと見られます。地震直後、巨大なエネルギーで襲い掛かる津波から命を守るために、どんな準備ができるのか。

南海トラフ地震後に、予想どおりの時間で津波が襲ってきたとしたら、前代未聞の大災害になることは確実です。

北海道南西沖地震(地震発生直後に大津波襲来)

1993年(平成5年)7月12日 北海道南西沖地震 - 奥尻島で最大波高16.8m、遡上高が30mに達する。
大津波警報は地震発生後4〜5分で出されるも間に合わず、奥尻町青苗地区は壊滅。対岸のロシアでも3人の行方不明者を出した。津波での死者・行方不明者は、奥尻島で島の人口の4%にあたる198人。

第1波は地震発生後2-3分で奥尻島西部に到達し、5-7分後には藻内地区のホヤ石水力発電所に到達した。北海道本土側の茂津多岬付近では第1波が地震発生後約5分で到達している。奥尻島西部では第一波到達の10分後に最大波となる第二波(島を回り込んだ波)が到達した。
この地震では震源が奥尻島のすぐ近くの海底であった事により地震発生直後に大津波が来襲したため、情報伝達の迅速化を図っても震源の地点によっては津波警報がどうしても間に合わない場合がある(技術の限界)という厳しい現実を突きつけられた形となった。海岸部に居住する人は、大きな揺れを感じたら津波警報を待つことなく、直ちに高台や高い建物の上に退避するべきであるという教訓を残した。

火災

東日本大震災  津波火災 知られざる脅威

東日本大震災で131件も津波火災が発生していました。
安全であるはずの多くの避難場所が津波火災に襲われやすいのです。
津波火災は津波の避難場所とされている「高台」や「頑丈な建物」が危険だといわれています。住宅が津波で流される時、ボンベから噴き出したガスから出火し、燃え上がるガレキとして高台や避難ビルに押し寄せ、そこでせき止められるのです。津波で流された自動車や他のガレキとともに燃え上がり、避難ビルへと燃え移ります。
安全だと思って避難した所で火災によって人々が逃げ惑う、それが津波火災の恐ろしさです。

南海トラフ地震 推計想定死者は避難ビル活用で8~9割減らせる!?

(2012.8.29内閣府想定)

南海トラフ地震の想定死者は最大で32万人。その7割が津波の死者だとされています。
津波の被害は、早期避難率が高く効果的な呼びかけがあり、かつ、津波避難ビルが効果的に活用された場合、死者数は最大で約8割減少。さらに全員が発災後すぐに避難を開始し、かつ、津波避難ビルが効果的に活用された場合は死者数は最大で約9割減少すると推計されています。
しかし、そこには津波火災発生のリスクを想定していません。内閣府の想定どおり8割から9割の人が避難ビルに無事避難をしたとしても、そこで津波火災が発生したら…。水の脅威からなんとか逃れた人々を火災の恐怖が襲うとしたら、それは避難ではなく、さらなる災害の現場に追い込んだと言っても過言ではありません。
津波火災のリスクを考えない防災は片手落ちであるといえます。

阪神淡路大震災(同時多発・断水・道路の寸断!)

1995年(平成7年)1月17日 阪神淡路大震災では約70haを焼失、火災の死者は559人。
同時多発した火災は消防力を上回って拡大。 津波の被害はありませんでしたが、地震発生時に火災が多発しました。断水や道路の寸断により消防活動の障害になり、延焼は止められず、翌日まで燃え続けました。

地震時の火災では、平常時のような消防活動は期待できません。震災後、地域ごとの消防団や市民消火の意識を高める活動もおこなわれていますが、消火のための水さえあてにならない状況を想定し、「火災から自分の命は自分で守る」という備えが必要になります。

また、被災後の生命維持に役立たせるため、
火災で焼失する心配のない所に備蓄品を保管する ことも重要です。

竜巻

平成11年9月 豊橋市で発生した竜巻

平成11年9月に、愛知県豊橋市で発生した竜巻はわずか30分弱の時間の間に、負傷者415名・住宅損壊2329棟という甚大な被害をもたらしました。竜巻の規模は、車が5mも持ち上げられていることや電柱が多数倒れていることなどから「F3」と推定されました。

この竜巻は、この東海地方においても、「竜巻」という災害が他人事ではない、ということを教訓として残しました。

平成25年9月 埼玉県で発生した竜巻

そして記憶に新しい平成25年9月、埼玉県越谷市や千葉県野田市を竜巻が襲いました。
竜巻の規模は豊橋市で発生したものよりも1段階低い「F2」と推定されましたが被害は負傷者67名・住宅損壊547棟という大きなものとなりました。

一時は埼玉、千葉両県の7市町の約6万7千世帯が停電し、竜巻の威力のすさまじさ、恐ろしさを実感させられる出来事でした。

日本全国で竜巻は発生している

過去15年の間で、大きな被害をもたらした竜巻は11件も発生しています。北は北海道から南は沖縄まで、日本全国各地で発生しており、もはやこの日本に、完全に竜巻から逃れられる安全な地域は無いと言えます。

私たちはこの竜巻という災害を他人事ではなく、実際に目の前で起こり得ることとして真剣に考えなければなりません。


体育館の屋根が吹き飛び、床にはガラスが散乱しています。
災害時の避難場所である公共施設も決して安全であるとは
言えません

引用元:ハフィントンポスト

竜巻被害の知識

  1. 1) 竜巻の最高時速は113㎞/hにまで達する
    →竜巻に遭遇した時、「遠くへ逃げる」ということはほぼ不可能
  2. 2) 高速道路の高架下などの構造物の下は逆に危険
    →風速が増したり、風向きが逆になることがあり、がれきが飛散する恐れがある
  3. 3) 大都市も襲われる
    →アメリカでの竜巻の年間発生件数は1000件を超えていますが、その中でもダラスやセントルイス、マイアミといった大都市も襲われている
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